<対馬探訪2023> プロローグ4/4 お届け!城組コンビのディープな旅



さて、ようやく本題です。笑

一ノ城戸張り出しの部分に話が戻るのですが。
この石塁の上段と下段、積み方が違うのがわかりますか?
下段は古代(7世紀)、上段は後世のものです。

積み方だけでなく、石材も異なります。
下段は城山で採れる石英斑岩、上段は砂岩です。
上段の石材は加工後に運ばれたようで、同じものは島内の砲台で確認できます。
また、江戸後期の対馬藩が定めた文書には異国襲撃に備えて金田城に陣を置く計画が記されており、
幕末に築かれた可能性が高そうです。



 

江戸時代の城下町、厳原(府中)を歩いていると
対馬藩が朝鮮通信使を迎えるために整備した石垣や、防火壁としてつくった石垣がたくさん残っています。
江戸時代を通じて石垣を積める技術があったようなのも興味深いところです。





後世がいつかって、そりゃもう気になりますよね。
そこで今回の対馬滞在とSNS発信ミッションでは、石塁を切り口に深掘り。
対馬の風土にも触れつつ、戦国時代および江戸時代の対馬の歴史とスポットを紹介しようと思います。
 


1. 戦国時代 ~朝鮮出兵で豊臣秀吉が築いた城をめぐる
 

 


対馬の戦国時代といえば、文禄・慶長の役(朝鮮出兵)の際に豊臣秀吉が築かせた清水山城。
(すぐ近くにあるのに、金田城とは全然違います!)
同時期に対馬内で秀吉軍が利用したとされる結石山城や撃方山城、
秀吉軍が出兵先の朝鮮半島に築いた倭城にも触れつつ、そのすばらしさを紹介しますね。

大坂城(大阪府大阪市)に残っている石垣が豊臣時代ではなく徳川時代の築造であるように、
秀吉時代の石垣が残っているのも、実は全国的にかなり貴重ですよ。

 

 


2. 江戸時代① ~国書偽造もやむを得ず!宗氏の処世術
3. 江戸時代② ~対馬藩・宗氏の城と城下町をたどる


 


対馬藩主・宗氏の江戸時代の居城、金石城と桟原城を中心に、宗氏の城の歴史を紹介します。

江戸時代の対馬の城下町は、近世の城下町のセオリーも取り入れつつ、独自の構造をしているのがポイント。
特殊な立地条件下での、独自性の高い宗氏の統治が垣間見えておもしろいなと思いました。




4. 石垣のルーツを探して ~西海岸の集落へ


 


対馬における石垣の発展や特徴を探るべく訪れてみたかった、対馬北西部の集落にも行けました。
朝鮮半島からの影響が、どのように城下町に取り入れられていくのか。九州や琉球との関係は…?
そんなところも考えてみたいと思います。



 

5. 近現代 ~マニアじゃなくても垂涎!砲台の宝庫


 
 


そして、近・現代も国防の最前線となるのが、国境の島対馬の宿命。
対馬を訪れると、砲台にハマりそうになるのも“対馬あるある”です。砲台もいくつかご紹介しますね。


 

 

6. スイーツから教わる対馬藩 ~石丁場で会った裏話
 

 

対馬は地理的に福岡に近いのですけど、やっぱり食文化は長崎なのが前から気になってまして。
店舗の裏に採石場がある渡辺菓子鋪さんでは、
対馬銘菓「かす巻き」や和菓子づくりを通して、興味深いお話を伺うことができました。
食文化や習慣って、その時代を生きた人そのものの歴史。わかることってたくさんありますね。
 




 

そして!
私が触れていない鎌倉時代については、スペシャリストのむつみさんがレポートしてくれます!

城組コンビ、行きの飛行機からテンション高めで対馬入りしましたが、現地ではほぼ別行動。
もう、2人ともそれぞれ行きたいところ山ほどあるもんで!笑
贅沢にも車2台出動、マンツーマンでご案内いただいて、満喫してきました。
夜は対馬の美味しい食事を楽しみ、部屋飲みもしながらお互いの感動を報告。長い夜を過ごしましたよ。


歴史や城を歩くって、人によって着眼点や感じ方も違って、正解なんてなくて。
想像力の羽を広げながら時空を旅するような、この上ない楽しさがありますね。
そんな歴史探訪のすばらしさも、金田城や対馬の魅力とともにお届けできればと思います。


という感じで、盛りだくさんでレポートしていきます!
お楽しみにー!

 




Text / Sachiko Hagiwara
Photo /Sachiko Hagiwara , Koyata Saito

 

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